今日のお題:弓士・アイドルパロ・友達以上恋人未満 「衛宮君、今度のお仕事なんだけど……」 藤ねえこと、藤村大河が遠慮がちに仕事の話をもちかけてきたのは学校から直接、事務所に赴いた夕方のことだった。 「どうしたんだよ藤ねえ、そんなに改まって」 いつもならどんな仕事であろうと拒否など許さない、という強硬姿勢で言い渡してくる俺たちのマネージャーに、一成と慎二も顔を見合わせている。 こんなに低姿勢……というか、仕事をさせるべきか悩んでいるような彼女を見るのはこれが初めてだった。 「うーん……せっかくのお仕事なんだけど、ちょっと士郎のイメージじゃない気がして。先方からはこの役は士郎で、って指名されてるんだけど……」 「イメージじゃないのに何で仕事が来るんだよ。役ってことは舞台か何かか?」 「深夜枠のドラマなんだけど……週イチで三十分枠なんだけど、ちょっと……ねぇ」 歯切れの悪い藤ねえは初めてだ。 慎二は面白そうに目を細め、一成は心配そうにこちらを見てきた。 しかしそんな二人もメイク室に呼ばれて、控室から出て行ってしまった。 残ったのは俺と藤ねえ。 「断っても良いのよ」 「仕事の内容も聞いてないのに断るも何もあるかよ。───それで、どんな仕事なんだ?」 「それが……ほんとー〜〜〜〜っに、聞いていいの?」 「聞かなきゃ判断できないだろ」 仕事を選べるようになるまではどんなものでも受けろと煩いその人が心配するほどの仕事に興味がわいてきて、笑いながら藤ねえを促した。 「……衛宮切嗣監督、もちろん知ってるわよね」 「もちろん、俺がこの業界に入ろうと思ったきっかけになった作品を作った人じゃないか」 もしかして───という希望が芽生える。 十年前、まだほんの子供だった俺は衛宮切嗣という人の短編映画を見て役者を目指すようになった。 愛に満ちているのにどこか物哀しい、子供心に衝撃を受ける作品だった。 当時まだ小学生だった俺は両親に内緒で彼の新作のオーディションに参加した。 素人で演技がなんたるかをまったく理解していなかった俺は当然のように落ちたのだが、「原石を見つけた!」というフジムラプロダクションの社長の娘……藤村大河に見出されて、フジプロの養成所に入った。 もちろん初めの頃、両親は猛反対。 芸能界なんて、と渋る親を藤ねえに説得されたフジプロの人がどうにか説得してくれて、地元をひとり離れて東京の養成所に付属する寮へ入った。 あれから十年……俺は養成所で知り合った同い年の間桐慎二と柳洞一成と三人組アイドルユニット「REM」を結成している。 REMは三人の名字の頭文字と、「Revolution of Entertainment and Music」というご大層なユニットテーマをかけたもの。 第一線……ではないものの、REMの名前を出せば若い世代なら大抵知っている……という程度の認知度はある。 もっとも、著名な俳優の孫の慎二と、天才子役として名をはせた一成。 それに比べ俺は養成所には十年近く通っていたものの、CMやドラマの端役……背景モブのようなことしかやっていなかった為、ユニット結成時には相当な批判があったらしい。 俺だって、他の二人と釣り合わないことなど知っている。 けど、ユメがあるんだ。 ───衛宮切嗣の作品にいつか出演してみたい─── 俺がこの業界に足を踏み入れたきっかけ。 そして藤ねえがマネージャー業をやりたいと切望したきっかけ。 どちらも衛宮切嗣というその人に影響されてなのだ。 偶然にも俺の名字は衛宮という。 もちろん血縁関係など無い。 偶然の一致、けれど運命のようなものを俺は感じていた。 「それで……どんなドラマなんだ?」 深夜枠の三十分ドラマというと、民放で二局やっていたはずだ。 一つは文芸作品をもとにした一話完結のドラマで、海外の品評会にも出されて非常に好評価を得たものだ。 もうひとつは……若者の文化に焦点を当てた1クールの連続ドラマだが正直言って賛否両論、俺自身は見たことないが、ドラッグやセックスといった若者の問題を真っ向からとらえた作品ということしか知らない。 まあ、いずれも深夜枠だから予算も視聴率も少ない。 だからこその実験作品も多いのだが。 あの衛宮切嗣が監督をするのなら、もちろん前者だろうと思っていた俺に藤ねえは小さく首を振った。 「士郎にっていう役は……ね、主役なのよ。でも……」 「主役!?」 「あのね、だから……主役なんだけど、その……」 「なんだよ、もったいぶるなよ」 はやる気持ちを抑えきれず声が大きくなる俺に藤ねえは迷うように口を開く。 「……ウリの少年の話なの」 「瓜の少年?」 「ちがうわよ、植物のウリじゃなくて、売春やってる子のこと……なのよ」 「ばいしゅ……ん?」 どんな芸術作品だろうか、それともかつて俺が衝撃を受けた戦争に関する作品だろうか、そんな予想を大きくはずれる答えに一瞬言葉を見失った。 「別に清純派アイドルってわけじゃないけど、士郎は硬派で売ってるから……こういう役はプラスにならないんじゃないかと思って……」 「でも、監督はあの人なんだろ?」 「そうよ、だから私だって断りたいとは思わないの。でも役が……士郎はまだ未成年だし、役だからってこんな……それに士郎を指名してきたのは」 言葉をとめた藤ねえに、ふと思い当る。 「もしかして、オレを指定してきたのって……監督じゃないのか?」 「準主役っていうか、もう一人の主役格の人が……この役ならぜひ士郎にって」 「……主役格の人に御指名いただいたんだったら、なおさら断れる雰囲気はないんじゃないか?」 「普通ならね、でも今回は別。視聴率が安定してるといっても深夜枠だし、内容が内容だし……」 「藤ねえは、その役が俺にとってマイナスになると思ってるのか」 「だって、せっかく……人気も出てきたし、特に年配の方に好感度があるし。ここでマイナスになりうる要素はなるべく……」 きっと俺の将来を考えて言ってくれているのだろう。 でもあの人に憧れる俺はそんなことを考えられなくて、ただ……憧れの監督『衛宮切嗣』に会える可能性に舞い上がってしまっていた。 「俺……その役やりたい。どんな役だってあの人に近付けるなら……」 どんな話でも最後まで話を聞かなきゃいけないと、小学校に入った時に先生に言われたのに……俺は完全に舞い上がってしまって、正常な判断なんてできなかったんだ。 それが結果的に良かったのか悪かったのか……俺にはわからない。 「おはようございまーす、フジプロの衛宮士郎です!」 藤ねえがマネージャーらしく頭を下げるのに倣って俺も頭を下げた。 深夜枠のドラマなのに、どの人も見た顔だ。 衛宮切嗣が監督とあって、有名どころのスタッフが集結したらしい。 案内役らしい若いスタッフが先に立ち、軽い口調でとりあえずといった説明をする。 「監督は別件の仕事でいらっしゃることができないので、今日までに確定している出演者の方々に集まっていただいてます。先の仕事が早く終われば監督もいらっしゃることになってますが、ちょっと難しそうですね。主演のみなさんは殆どいらっしゃってます、あとはもうひとりの主役の……」 「もうひとりの主役って?」 「……士郎を指名してきた人よ」 横からこそりと口を出してきた藤ねえに慌てて口を閉ざす。 この業界では主役とうたいながらも、実質的な主役は既に名の売れた俳優だということも多い。 そんなこと俺だって心得ているから深くつっこんではいけないことはよく理解していた。 「あちらは、まだ?」 「ええ。ホラ、今クールのドラマが共演者の事故で撮影が長引いていて……」 未だ「俺を指名してきた主役格の人」の名前を聞いていなかった事に気付いて藤ねえを見るが、スタッフとの会話に気が向いているらしく、俺の視線には気付いていない。 「こちらでお待ち下さい。あと少ししたらプロデューサーが来ますので」 扉が開かれたそこには、俺も見知った若手俳優やアイドルが並んでいた。 その顔触れは『キラキラ』と称するに相応しい美少年・美形のオンパレード。 十人ほどのキラキラ集団を目前にして思わず足が止まる。 「藤ねえ……俺、場違いじゃないか?」 「……やるって言ったのは士郎でしょ」 何度か気にする様子で口をはさんできた藤ねえをことごとく遮ってきたのは俺自身だ。 今更、引き返すわけにはいかない。 「待たせたね、主役の衛宮士郎君です。アーチャーさんは先の仕事で遅れてるから、プロデューサーが来たら顔合わせ兼打ち合わせが始まりますから、用のある方は先に済ませておいてくださいね」 にこやかに言いきった若いスタッフに皆にっこりと笑って頷いたが、彼が部屋を出た瞬間にキツイ視線がこちらに向けられた。 「なあ、藤ねえ。共演って……」 「今売り出し中のサバプロの逆輸入俳優、アーチャーさんよ……話を聞かなかったのはアンタなんだからね!」 その言葉にため息をつきそうになるのを堪えるのに必死だった。 経歴は不明、顔立ちは日本人のようでありながら褐色の肌に白い髪は日本人のそれとまったく違う。 イントネーションは生粋の日本人といった風だが、闇に包まれた経歴と海外のドラマでデビューし人気を博したアジア系俳優として、その男は日本でも高い評価を得ていた。 俺がはじめて全国区のCMの端役を貰った数年前、そのCMの主演がアーチャーという男だった。 初めての全国区のCMに緊張していた俺は何度もリテイクを出し、このアーチャーという男にこっぴどく叱られたのだ。 あちらは覚えていないと思っていたのだが……。 「俺を指名してきたのって……」 「アーチャーさんですぅ」 「何で言わねえんだよ!」 「話を聞かなかったのは士郎ですぅ」 あれから何度かCMやドラマで共演……といってもこちらは完全なる端役だが、とにかく顔を合わせることはあった。 そのたびに何かにつけ粗を指摘され、いけないと思いつつも『苦手な共演者』の位置づけは確固たるものとなってしまった。 「ちなみにね、士郎……」 「なんだよ。俺はもう何も驚かねえぞ」 そうかしら、と俺を呆れたように見た藤ねえは一度ため息をついて、俺に視線を向けないまま爆弾発言を投下した。 「士郎。アンタ……アーチャーさんを誘惑する役だから」 「はぁっ!?」 素っ頓狂な声をあげた俺の耳をひっつかんで、藤ねえは空いている中央の席に俺を座らせた。 「一度受けたからには120%やり遂げる、それがウチの事務所の方針なんだから……」 逃さないわよ、と鬼のような笑みを浮かべた。 周りを見まわす……本当によく見知った顔ばかりだ。 いや、俺が一方的に知っているだけで他の面々が俺の事を認識しているかはわからない。 幾人か音楽番組で共演した男性アイドルグループのメンバーもいたが、皆こちらを睨むようにして何かヒソヒソと話している。 感じ悪い。 あの衛宮切嗣が手がけるドラマの主演が、人気も実力も大した事のない俺だというのが気に入らないのかもしれない。 否、世界的に有名な俳優……アーチャーの相手役が俺ということに不満や批判があるのも当然だ。 「衛宮君……え・が・お」 言われて慌てて眉間に込めていた力を弱めようと試みる。 笑顔が少ないところが俺の魅力だ、なんてファンの子は言ってくれるけど、初対面の共演者やスタッフに悪い印象を与えるのはよくない。 せめて不機嫌に見られないようにしようと、口角を上げた───その時だった。 「遅くなりました……」 ガチャ、とドアを開けて入ってきたのは見事な体躯の男だった。 日本人離れした色彩とフォルム、サングラスを胸ポケットに仕舞う気障な仕草さえ許容出来てしまいそうな男……アーチャーだ。 「おはようございます、アーチャーさん!」 「おはようございますッ!お久しぶりです……」 「アーチャーさん、お早うございます」 「こちらにどうぞ、アーチャーさん」 「お会いできて光栄です!」 一斉に立ち上がった若手が次々と挨拶をし、アレコレと話かけていくが、当の本人は薄い笑みを浮かべ「私が最後だったか」と呟いただけだった。 ロの字型に並んだ机の中央……俺の隣の席に腰を下ろしたアーチャーはいかにもスターというオーラで、隣に座る俺の事なんか誰も見ちゃいない。 見られていないのは気は楽だが、この男の隣ということが酷くプレッシャーだった。 「それでは、新作ドラマの出演者顔合わせを始めようか。まずは私、プロデューサーを務める言峰綺礼……ご存じの方もあるかもしれないが、当局所属だ。脚本担当は……」 言峰綺礼というこのプロデューサーは、衛宮切嗣とはかつて対立する立場にあったという。 作品の指向性がまったく対極にあるがゆえの対立だったが、近年はタッグを組むことも多い。 異色の二人が手掛けたいくつかの作品は、いずれも国内外の著名な賞を獲得している。 プロデューサーがこの人だということすら知らなかった俺は、出演者の異様な意気込みの理由をやっと理解した。 このドラマは必ず当たる、その為の布陣が既に出来上がっている。 けれどそこに紛れ込んだ異分子が───俺だ。 芸歴は数年あるといっても、所詮は端役程度。 アイドルとして名が売れても、アイドルとしてのイメージが先行して『役者』としての評価は無いも同然。 スタッフの挨拶が一通り終わったところで、部屋中の視線がアーチャーへと向けられる。 三十余人の視線をまったく感じないかのように男は椅子に腰かけたまま視線を上げた。 「この作品は、限界に挑む。深夜枠としては破格の予算だが、やろうとしていることはそれをはるかに凌ぐ規模だ。ここに揃っているスタッフを見ればわかるだろう。実験などではない。今のテレビ業界、ドラマ制作に対する宣戦布告だ」 ぱちぱちと拍手が沸き起こる。 言葉自体はどの製作現場でも似たような言いまわしをされているが、この男が言うと込められたものの次元が違って感じられる。 それが、このアーチャーという男の持つ力なのだろう。 拍手がおさまったところでさらなる意気込みを語っていたが、この次に話すのが俺だと気付いて……柄にもなく緊張してきた。 「ありがとう。では次……主演の、衛宮士郎」 「……はいッ」 名前を呼ばれて立ち上がろうとしたが、座ったままで結構、と言われ浮かせた腰を下ろした。 「主役……をいただきました、衛宮士郎です。REMというグループで歌手活動をしています。演劇経験はもうすぐ十年となります。い…至らないところもあると思いますので、何卒ご鞭撻のほどよろしくお願いします」 自分でもへこむくらい面白みのない挨拶だった。 勿論、拍手なんてない。 それどころか「ダセェ」とか「誰アイツ」みたいな声がこれ見よがしに囁かれる。 覚悟はしていたが、目の前でやられるとさすがにちょっと堪える。 もしかしてこの挨拶、後で隣の男にまたねちっこくご指導されてしまうのだろうか、などと考えると益々へこんできた。 「静粛に……」 ひそやかにざわめいた室内を静まらせたのはプロデューサーだった。 「アーチャーも言ったが、これは実験ではない。勝算があると踏んだ上でさらなる万全を尽くした布陣で挑ものだ。何か不満や改善点があるのなら、挙手して発言すれば良い」 再びざわめく室内。 それを止めたのは、隣に座る男だった。 「今回のキャスティングだが、私の意見を取り入れてもらっている。主演の彼についてもそうだが、君たち全て……私とプロデューサーと監督、この三者で話し合ったうえで全て依頼している」 「え……そうなんですか?」 「ああ。最強の布陣……最良のキャスティングだと私は考えている。その上で何か意見があるのなら言って欲しい、改善の努力は常に求められる」 アーチャーの言葉は柔らかいように見えて、刃の切っ先のように鋭いものが見え隠れしていた。 自分が決めたキャスティングに文句があるのか、と若手にくぎを刺したのだ。 きっとそれは俺を助けるつもりではなかったんだろう。 どういう意図かわからないけど、この男は俺を試そうとしている。 ただ、自分がやろうとしたことに対してケチをつけられるのが嫌というだけのことだ……きっと。 「問題が無いようならば、次……」 プロデューサーの言峰の言葉が静かに響き、俺の斜め前に座る青年が小さく手を上げて挨拶を始めた。 一連の顔合わせが終わり、作品のプロットや撮影計画等が簡単に説明された後、解散となった。 次の仕事があるらしい者はマネージャーにせっつかれながら慌ただしく席を立ち、そうでない者も次々に席を立っていく。 俺は主演とあってまだ話し合いがあるらしく、スタッフに言われるがままその場に残っていた。 藤ねえは一度事務所に連絡を入れてくると部屋を出て行ってしまった。 室内には幾人かのスタッフがいるだけで、出演者は俺とアーチャーだけが残った。 「あんた、どういうつもりだよ───」 「先輩には敬語を使え、と教わらなかったか?」 至極まっとうな言葉に唇を噛む。 何度も顔を合わせているうちに敬語抜きで突っかかる事が多くなった俺に、この男は諌めるでもなく、ただ薄く笑みを浮かべて応対する。 「はぐらかすなよ。何で俺を、指名したんだ」 「さっき言っただろう、最良のキャスティングだと」 当然、と言いのけた男に俺は真意を見極めようとその双眸を見上げる。 「本当にそう思ってるのか?」 「どういう縁か、お前とは顔を合わせることが多かったからな。演技の癖もだいたい把握している。無理だと思えば初めから依頼は出さんよ」 「……俺以外に適役な役者がいるんじゃないのか?」 「適役だと思ったからお前を推した、何か不満でもあるのか」 不満じゃない、不信だ。 良好とは言えない関係の俺を抜擢する理由、決して役者として熟していない俺を推す理由。 「一つ言っておこう。監督もプロデューサーも私も、完成された役者のみを使った面白みのないドラマを作ろうという気は毛頭ない」 「……まるで自分も完成されてないって言い方だな」 喉をくつくつと鳴らしてアーチャーは笑う。 「完成した役者など、くそくらえだ───」 「ちょ……」 乱暴な物言いに戸惑う。 この男が汚い言葉づかいをするところを役以外で見たことなんかない。 「原石を磨いていく過程が一番楽しく美しい……」 「俺には理解できないな」 「お前はまだ幼いからな」 フッと影のある笑みを浮かべ、アーチャーは黙り込んだ。 始めてみるその表情になぜか惹きつけられて、目が逸らせない。 「ともあれ、お前がどのような演技をするか……私にもわからん。その点では博打のようなものだが」 それはきっと俺に向けた言葉じゃなかったんだろう。 囁くような、空気にすぐ溶け込んでしまいそうなその声は、それでも俺の耳に届いた。 「失礼しま〜す!」 ノックに続いて入ってきたのは藤ねえだった。 携帯と手帳を片手に、上機嫌で俺の頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。 「よろこべ、しろう!雑誌の取材が入ったわよー、みっつも!」 「え……?」 「し・か・も、ぜーんぶ士郎の単独取材よん」 REMでは三番手の俺は、単独取材なんて今まで殆どなかった。 それが一気に三社から取材なんて、ありえない。 「やっぱり、ドラマ主演ってことになると違うわねぇ」 嬉しそうにはしゃぐ藤ねえが邪魔になってはいないだろうか、と隣の男をうかがったが、予想外に優しげな眼差しを向けていた。 視線の先は俺ではなく、藤ねえ。 浮いた話はまったく聞かないが、基本的に礼儀正しいこの男は女性に対して邪険な態度などとらないのだろう。 そう思ってみたけれど、藤ねえに向けられた視線に何かが込められているような気がして……もやもやとした気持ちが渦巻く。 「おや、言峰はまだかい?……ああ、すまないねアーチャー。君が場を取り成してくれたとさっき聞いたよ」 「別に、貴方がいない間にキャストが瓦解してしまってはいけないだろうと思っただけだ」 「ハハハ……そう言いながらキッチリまとめてくれるんだから。ホント、頼りにしてるよ」 ノックもなく入ってきたその人を振り返って、俺は息をのんだ。 無精ひげと少しクセづいた髪、少しやつれた風貌に、少し気崩したスーツ。 優しげに細められた双眸が、ふっとこちらに向けられた。 「ああ、君だね。珍しい名字なのに、偶然ってあるものなんだねえ、士郎くん」 握手を求められて、俺は目を見張った。 間違いない、この人だ。 「はじめまして……僕が監督の衛宮切嗣だよ」 優しげなその人に、俺は茫然となりながらも「衛宮士郎です」とだけどうにか口にした。 監督の後ろにいたアーチャーがどこかおかしそうにこちらを見ていた事にも気付かなかった。 ただただ、感動と動揺でこの時のことは曖昧にしか覚えていない。 「言峰が来たら簡単に撮影スケジュールとか話すからね。第一話はエキストラを除くとほとんど二人だけだから」 【というわけで、ここでいったん止めとく】 深夜にお付き合い下さりありがとうございました。